九份名前の由来:
九份では陸路が開通するまで、物質はすべて海運に頼っていました。その当時、村には9世帯しか住んでおらず、物資を購入する際には北京語で9世帯を意味する九份単位で注文していたのが「九份」と言う名前を付けられました。

歴史に幕を:
九份は清の光緒時代に金脈が発掘されて以来、採鉱の町として栄えてきました。最盛期には昼夜を問わず、飲み屋歌えの大騒ぎが続き、大勢の人で賑わい、ミニ香港の異名さえありました。しかし、鉱脈の枯渇に伴い、1970年代には九份の炭鉱採掘の歴史に幕を下ろしました。
山城九份の記憶:
1989年、映画悲情城市の上映をかっけに、山城という九份の記憶が呼び醒まされ、静かな山間にある村は瞬く間に人々うぃ魅了してやまない風情豊かな小さい村として、台湾の美しく懐かしい雰囲気が漂う山城へと生まれ変わりました。


見る
当時、空襲があると、近所の住民たちは観音菩薩様の側まで来て、避難しました。不思議なことに、避難者には死傷者がいつもいなく全員無事でした。このあらたかな霊験は今でも人々の間で、伝えられております。

