www.biacoo.com

  • フォントサイズを大きくする
  • デフォルトフォントサイズ
  • フォントサイズを小さく
Home 見る
見る-北部


九份


九份名前の由来:

九份では陸路が開通するまで、物質はすべて海運に頼っていました。その当時、村には9世帯しか住んでおらず、物資を購入する際には北京語で9世帯を意味する九份単位で注文していたのが「九份」と言う名前を付けられました。

九份

歴史に幕を:

九份は清の光緒時代に金脈が発掘されて以来、採鉱の町として栄えてきました。最盛期には昼夜を問わず、飲み屋歌えの大騒ぎが続き、大勢の人で賑わい、ミニ香港の異名さえありました。しかし、鉱脈の枯渇に伴い、1970年代には九份の炭鉱採掘の歴史に幕を下ろしました。


山城九份の記憶:

1989年、映画悲情城市の上映をかっけに、山城という九份の記憶が呼び醒まされ、静かな山間にある村は瞬く間に人々うぃ魅了してやまない風情豊かな小さい村として、台湾の美しく懐かしい雰囲気が漂う山城へと生まれ変わりました。
最終更新 2012年 2月 10日(金曜日) 06:27
 

龍山寺


龍山寺は1740年に完成したもので、約270年あまりの歴史を持っているお寺です。その間に何度も改築されていました。1919に大増改築で、中国宮殿式を採用しました。1945年第2次世界大戦終戦の直前、米軍の空襲で本殿が焼夷弾に直撃を受け、全壊されてしまいました。このような惨状の中、木像の本尊の観音菩薩像は、傷はひとつもなく端然と蓮座に座れ、安泰でした。

龍山寺当時、空襲があると、近所の住民たちは観音菩薩様の側まで来て、避難しました。不思議なことに、避難者には死傷者がいつもいなく全員無事でした。このあらたかな霊験は今でも人々の間で、伝えられております。

龍山寺には一対銅製の龍柱があり、台湾では唯一のものです(石製の柱が一般的なのです)。本殿の天井に約1600体の意匠の龍が一本の釘も使わずに螺旋を張り、美しく描いたもので、国宝に指定されています。


月老神君

龍山寺には観音菩薩様と縁結びの月老神君が特に有名です。月老神君は「月下老人」とも言います。「月下老人」は仲人のことで、「月老」とも呼びます。「月下老人」が世の男女の縁結びの神様だと伝えられています。(その典故は『続幽怪録』にある。)

「月下老人」が月光の下で一心に何やら本を読んでいました。この本には誰と誰が結ばれるかが記載されています。老人の脇には大きな布袋があり、中には赤い糸がいっぱい入っていました。この本によって、「月下老人」は男女の縁組み帖を見て、夫婦になるはずの男女の足首を結び合わせるという典故です。

 

  • ここ龍山寺では参拝後に貰った赤い糸をお守りとしていただくことができます。
龍山寺
最終更新 2011年 12月 14日(水曜日) 14:11